12月5日(水)   今日の気温は6℃〜9℃。冷たい風も吹いて、一段と寒くなりました。

昨日の日記について、「堺市議だった候補者はもう一人いる」とのご指摘を受けました。確かにそうです。同時期に市議会で活動したことがないため、迂闊にも失念していました。

ところで、議員研修会に私を招いてくださった市議会では、「政治倫理条例」の制定に向けて議論が始まっているそうです。講演準備のため、30年前の条例制定運動のことを書いた自著「市政と政治家がこんなに変わる」(1990年・学陽書房刊)を読み返しています。当初、全会派が反対していた政治倫理条例の制定に至るドラマに、我ながら胸が躍ります。汚職事件で有罪が確定した議員への辞職勧告決議を否決した議会への怒りに基づいた、堺市民のものすごいエネルギーを結集した運動でした。

●条例制定運動のヤマ場だった1982年12月
市民が直接請求によって提案した条例案を審議する市議会で、最後まで抵抗を試みた反対議員たちがめざしていたのは、議員任期満了(翌年4月)に伴う「審議未了廃案」でした。この策謀を見抜いた市民運動側は、12月4日に市民会館で「政治倫理確立シンポジウム」を開催。折から、ロッキード事件と田中角栄の追及に取り組んでいる各政党の国会議員らに出席を要請しました。出席者は、土井たか子(社会党)、正森成二(共産党)、横山ノック(二院クラブ)のほか、新自由クラブの府連幹事。欠席だった公明党からもメッセージが届き、条例可決に向けての大きな流れができました。なお、このシンポジウムのコーディネーターは、篠原一東大教授にお願いしました。