11月17日(金)   天気が崩れるとの予報でしたが、南阿蘇村に滞在中は降雨なしでした。

昨年4月の熊本地震は、阿蘇地方にも大きな被害をもたらしました。その前の年の5月、選挙活動のリフレッシュと99歳の義母への親孝行を兼ねた旅行で当地を訪問しており、被災の様子がずっと気になっていました。
その折に泊まった宿は、無事だった大浴場を被災者に開放しているとのニュースを耳にしていたのですが、客室の再開はまだ果たしていないようです。
近くの宿を探したら、被災後4か月で営業再開に漕ぎ着けたところがあったので、101歳になった義母と共に昨夜お世話になりました。
宿を発つ折、義母が大喜びだったことと私たち夫婦が金婚を迎えたことを話したら、この宿の田で獲れた新米2s袋と二連折り鶴を、「お祝いです」とプレゼントしていただきました。

●痛々しい災害現場
さて、下の写真は、宿の方に教えてもらった道を辿って行き着いた阿蘇大橋の崩落現場です。
前方の山の頂上付近から崩れた土砂が、谷底から76mの高さにあった全長約206m、幅員8mの橋を崩落させました。
残された道路標識にあるように、一昨年は左の熊本方面から来てこの橋を渡り、南阿蘇村に入りました。

崩落時に橋を渡っていたとみられる大学生が車ごと犠牲になり、二次災害の危険性から捜索活動が中断した後も家族や友人等が独自に探し続け、4か月後に遺体が収容されたそうです。道ばたに、花や果物などを供えてありました。
その写真のガードレールの向こう側でも、斜面崩壊の痕が生々しく残っています。
また、橋のたもとから右側には東海大学農学部のキャンパスに通じる道路があり、学生アパートで3人の学生が亡くなった痛ましいニュースもありました。

今回、私たちは、応急復旧工事を終えて8月末から開通した長陽大橋を通って南阿蘇村に入りましたが、村内から阿蘇山への道路は各所で通行止めとなり、工事が続いています。
また、傾いたままの電柱、道側に倒れかけている土留めブロック、めくれ上がったアスファルト、住めなくなった住宅など、1年7か月を経てもなお、被災の爪痕があちこちに手つかずで残っていました。