※3月29日以前の日記は、前ページに掲載
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《2003.3.30〜4.1》
「アクション日記」のはじまりへ
3月30日(日) 「くもり」の予報でしたが、快晴で暖かく、暖房は不要でした。
きょうは、10時から「市政改造のつどい」、11時から「事務所開き」のダブルヘッダー。開会前に和歌山県本宮町長の泉正徳さんがご夫妻で来訪され、本宮大社の「必勝祈願」神符を届けていただきました。泉さんのほかにも、兵庫県猪名川町議の國田頼雄さん、前・川西市議の楢原朋子さん、和泉市議の小林昌子さん、元・天理市議の諸井英二さんら、自治体議員勉強会の仲間が激励に来て下さいました。また、地元の大泉校区自治連合会長・槇峯正一さんや正覚寺住職で椙山女学園大学教授の橘堂正弘さん、堺市図書館友の会代表・松井郁子さん、美原町議・石ア善隆さんなどもからもお祝いの言葉をいただきました。なかには、配布した「ニュース・レター」を見て初めて参加したという方もあって、予定した椅子が足りずうれしい悲鳴です。「正々の旗」を掲げたカムバックの決意を実現するための「堂々の陣」がようやく見えてきました。しかし、昨日の日記にも書いたように、地元団地の高齢化は、決意実現の困難さと新しい課題を同時にもたらせています。
ところで、かつて豊中市議を務められた飯田しづえさんが93歳で亡くなられたことを新聞の訃報欄で知りました。左の写真は、市川房枝さんの最後の選挙での天王寺駅前です。選挙カーの上で話しているのが私(当時38歳)、左隣が飯田さん(当時70歳)で、二人の“掛け合い演説”が受けて、候補者はいないのに、歩道橋や歩道の人々がいつまでも聴いて下さいました。謹んで、飯田さんのご冥福をお祈り申し上げます。
3月31日(月) 最後の出勤日。大学キャンパスの並木=ヒメコブシが満開でした。
朝は、南海電鉄・初芝駅で初めての街頭活動。お渡しした「ニュース・レター」を隅から隅まで読みながら演説を聴いてくれている青年が気になりました。一区切り付けて話しかけてみると、「小学校時代、新金岡町団地に住んでいて、シュンエイさんの追っかけをしてました」とのこと。「おっかけ」の言葉には驚きましたが、「今年、選挙権を得ました」という若者のセリフはうれしかったです。実は、彼がやって来る少し前に出勤した父親から、「長谷川俊英が話している」と電話が入り、わざわざ駅前に足を運んでくれたそうです。
午後遅め、退職辞令を受け取るため桃山学院大学に半月ぶりの出勤。ご挨拶に伺ったガードマンさんたちや、交換室の派遣職員の方々からも、暖かい激励をいただきました。
4月1日(火) 朝から夕方まで雨模様。街頭活動は、小雨をついて敢行しました。
目覚めたら雨。「きっと上がる」と信じて、三国ヶ丘駅前で街頭活動を始めました。小雨は続きましたが、駐輪場の整理担当の方や、「今から旅行」とおっしゃる町内会長さんから、「みんなに配る資料がほしい」と請求がありました。午後は、新金岡団地を回り始めたものの、雨が強くなって中止。夕方は、南海本線・七道駅で街頭活動です。時間は短く、乗降客も僅かでしたが、買い物や通行中の方々から声がかかりました。また、美原町議の石ア善隆さんが、今日から本格的な応援態勢に入ってくれました。