6月2日(木) 久しぶりのまとまった雨で、花や木も一息つくことができたでしょう。
《2005.6.2〜4》
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※6月1日以前の日記は、前ページに掲載
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きょうは、地元町内の方のご葬儀が続けて2件、市内の葬祭場で執り行われました。亡くなられた方のお一人はわが家の筋向かいにお住まいのKさん。朝早く仕事にお出かけの際、いつも感じのよいご挨拶を下さる方でした。今年の初め、「胃を患って、近くの病院に入院します」と話して下さったのですが、悲しいお知らせをいただくことになって残念です。享年64歳。お歳は私と変わらないのに、お孫さんが9人。そのひとりが涙ながらに読み上げられた「別れの手紙」に、もらい泣きしました。ご遺族からずいぶん慕われた方だったようで、棺のふたが閉じられる前後の皆さんの悲しみの様子は格段に大きなものでした。これほど哀惜の念を抱いてもらえるような家族思いの生き方が、私にはできているでしょうか…。
午後から登庁して、旧美原町小学校の運動会日程をめぐる保護者の信頼回復への取り組みについて、市教委の報告を受けました。夜は、市役所剣道部のメンバーと会食。最近は竹刀を交えることも少なくなった皆さんが、仕事を離れての楽しい機会をつくってくれました。
6月3日(金) 朝のうちの曇り空が晴れ、蒸し暑さを感じる日。梅雨が近いのでしょうか。
定例議会の通常日程が始まり、きょうの本会議にいくつかの議案が提出されました。注目されるのは、「顧問」など特別職の報酬額に関する条例です。現在、「名誉顧問」に就任しているの旧美原町の高岡元町長に対する報酬支給について、3月の議会で、わが会派の田中丈悦議員が「条例で定めていないのは違法」と追及しました。市当局が「違法ではない」と突っぱねたので、その後、住民監査請求が起こるという事態に発展しています。今議会への条例提案は、監査や住民訴訟での「負け」を予期した木原市長が、自腹を切らなければいけないことになる損害賠償額を帳消しにするため、防衛策をとったのでしょうか。
ところで、本会議終了後、健康福祉委員長としての仕事を始めました。副委員長となった片川昭夫議員(自民党市民クラブ)と共に、健康福祉局の局長、各部長と懇談。所管行政の実状と目標、今議会への提出議案などについての説明を聴きました。ちなみに、この局の職員総数は支所在勤者を含めて約2200人で、市役所の全職員数の3分の1。また、この局が扱う予算合計約3100億円は、堺市の総予算5800億円の54%に及びます。これらの適正な運営と運用をチェックする常任委員会の仕事を、1年間担うことになりました。
6月4日(土) たまたま立ち寄った池田市の水月公園で、ハナショウブが見事でした。
次々と明るみに出たカラ出張問題で市民批判を浴びた兵庫県の尼崎市議会は、1993年5月25日に臨時議会を開いて議会を解散しました。それ以来、同市の市議選は6月に行われ、今年は明日5日が投票日です。
12年前、市議会を解散に追い込んだ住民運動のリーダーたちが、「出直し選挙」で何人も議会に乗り込みました。たしか、現市長の白井文さんもその1人です。同時に当選し、最初から応援してきた2人の市議が4選目に挑んでいるので、選挙事務所を訪ねました。
2人とも独自のスタイルで議員活動を展開し、それぞれ支持基盤を広げています。ただ、これまでと勝手が違うのは、白井市長の少数与党になっていること。白井候補を立てた2年前の秋の市長選挙では、5党相乗り、推薦約200団体と組織力を誇った現職市長に、約5000票差をつけて完勝。投票率が32・25%と、過去最低だったにもかかわらず…です。