

昨日の大綱質疑の論点の一つは、2016年の北部地域整備事務所のアスベスト瓦礫飛散事件で私が示した「8つの疑問」でも、2021年の学校アスベスト公表遅怠事件でも、当時の担当局長や教育長の言い訳が「認識不足」だったことです。
私が初めてアスベスト行政の議論を挑んだのは、1987年のこと。文部省の指示で調査した吹付アスベストが4校で見つかり、除去工事の現場にも防御服を着て入りました。この折の教育委員会幹部の答弁も「認識していなかった」でした。つまり、30年以上にわたって市幹部の「認識不足」が続き、「アスベスト事件」が繰り返されてきた訳です。
こんな情けない事態を踏まえての「認識」を問うた市長は、「危機感を持って対策を強化」し、「庁内ルールを見直し、全職員が強い意識で臨む」、「アスベスト対策形骸化させず、全庁的に知識・認識の周知徹底を図る」などと表明しました。
また教育長も、「認識不足」に加えて「危機意識の欠如」があったと認め、「迅速・的確な情報共有」、「児童生徒、教職員が安全・安心に過ごせる良好な教育環境」の確保に向けて決意を語りました。
これらの答弁に対して私は、「市長や教育長という行政トップの強い認識を率直に評価する」と発言。なお、昨日の傍聴席には「アスベスト患者と家族の会連絡会」の古川和子さんはじめ数名のメンバー、クボタショック被害者支援に当たる「尼崎労働者安全衛生センター」の飯田浩さんらの姿が見えました。そこで、「これらの人たちの前での市トップの決意表明を重く受け止め、各担当局長や教育次長は職にあたってもらいたい」とも付言。
さらに、市長が言及した解体工事増加や災害アスベストへの対応に関する資料や、最近刊行された『見えないアスベスト被害ストック型災害を生きる』の内容などを紹介しながら論陣を張りました。

